医療過誤に対する債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効

債務不履行とは、債務者が債務の本旨に従って債務を履行しないことをいいます。
医師と患者の間には診療契約が締結されていると考えられますので、医師が診療債務の本旨に従って債務を履行しなかった場合には債務不履行に基づく損害賠償請求をすることができます。
ここで重要になってくるのが、消滅時効(以下では、たんに「時効」ともいいます)です。改正された民法(平成29年法律第44号)が2020年4月1日から施行され、それに伴い債務不履行に基づく損害賠償請求権の時効も変更されました。
まずは、民法改正前と改正後の時効の違いについて確認しましょう。

■改正前の債務不履行に基づく損害賠償請求権の時効(旧民法)
改正前民法では、債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、権利を行使することができる時から10年とされていました。

■改正後の債務不履行に基づく損害賠償請求権の時効(改正法)
改正後の民法では債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、権利を行使することができることを知った時から5年、権利を行使することができる時から10年とされています。

■改正前民法と改正民法のどちらが適用されるか?
・改正前民法が適用されるケース
消滅時効の期間については、「債権発生の原因である法律行為」が改正民法の施行日よりも前に行われている場合、改正前民法が適用されます。
ここで、「債権発生の原因である法律行為」の意味ですが、まず、「債権発生」とは、ここでは「債務不履行に基づく損害賠償請求権」の発生ということになります。そして、「債務不履行に基づく損害賠償請求権の発生」の原因である「法律行為」とは、ここでは、患者と医師(または医療機関)との間の診療契約ということになります。「診療契約の行われた(締結された)日」とは、例えば、ケガをして入院した場合は、入院した日が「診療契約の締結日」になりますし、ある病気の治療ために特定の医療機関に継続的に通院していた場合は、最初に通院した日が「診療契約の締結日」となります。
したがって、改正民法が施行される2020年4月1日より前に診療契約を締結した場合には、改正前民法が適用され、同日以降に診療契約が締結された場合は、改正後の民法が適用されます。

・改正後民法が適用されるケース
改正民法が施行される2020年4月1日以降に診療契約を締結した場合には、改正民法が適用されます。改正後民法が適用される場合は、債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、権利を行使することができることを知った時(主観的起算点)から5年、権利を行使することができる時(客観的起算点)から10年となります(民法166条1項1号2号)。ただし、「権利を行使することができる時(客観的起算点)から10年」の消滅時効期間は、人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の場合(医療過誤のケースでは、このような場合が多いと考えられます)は、20年に伸長されます。

■消滅時効の具体例
・例①:「2016年1月10日に診療契約を締結し、同日手術を受けたが、2019年1月10日に体内に違和感を覚え、同日の診察で体内に手術の際に用いられたガーゼが残っていることがわかった。」

診療契約を締結したのが改正民法の施行日である2020年4月1日よりも前の2016年1月10日ですので、改正前民法が適用されます。そして、「体内に手術の際に用いられたガーゼが残っていることがわかった日」が、「権利(損害賠償請求権)を行使することができる時」と考えられます。したがって、特段の手続きをとらなければ、体内に手術の際に用いられたガーゼが残っていることがわかった2019年1月10日から10年後の2029年1月10日に時効が完成します。

・例②:「2021年1月10日に診療契約を締結し、同日手術を受けたが、2022年1月10日に体内に違和感を覚え、同日の診察で体内に手術の際に用いられたガーゼが残っていることがわかった。」

診療契約を締結した2021年1月10日が改正民法の施行日である2020年4月1日よりも後ですので、改正民法が適用されます。そして、「体内に手術の際に用いられたガーゼが残っていることがわかった日」が、「権利を行使することができることを知った時」と考えられます。したがって、特段の手続きをとらなければ、体内に手術の際に用いられたガーゼが残っていることがわかった2022年1月10日から5年後の2027年1月10日に時効が完成します。

なお、以上は、医療過誤に対する債務不履行に基づく損害賠償請求権の時効です。医療過誤に対しては、「不法行為に基づく損害賠償請求」をすることもできますが、「不法行為に基づく損害賠償請求権」の時効は、「債務不履行に基づく損害賠償請求権」の時効とは異なりますから注意が必要です。
こちらについては、『医療過誤に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効』 をご参照ください。

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