医療過誤に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効

不法行為とは、他人の権利・利益を違法に侵害して損害を与える行為を指します。
故意や過失によって、医師が負うべき注意義務に違反し、患者の生命や身体を害した場合、不法行為となります。
例えば、手術中に患者の体内にガーゼを残してしまった場合や、注射を打ったときに、誤って深く突き刺してしまい、患者の神経を傷つけてしまった場合等が考えられます。

不法行為によって損害を受けた被害者は、不法行為をした加害者に対して、損害賠償請求をすることができます。このような場合の被害者の加害者に対する損害賠償請求権を、「不法行為に基づく損害賠償請求権」といいます。ここで重要になってくるのが、損害賠償請求権の消滅時効(以下では、たんに「時効」といいます)です。改正された民法(平成29年法律第44号)が2020年4月1日から施行され、それに伴い不法行為に基づく損害賠償請求権の時効も変更されました。
まずは、民法改正前と改正後の時効の違いについて確認しましょう。

■改正前の不法行為の時効・除斥期間(旧民法)
被害者またはその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間権利行使をしなかったとき。または、不法行為の時から20年を経過したとき。いずれの場合も、不法行為に基づく損害賠償請求権は、消滅します。

■改正後の不法行為の時効(改正法)
被害者またはその法定代理人が損害及び加害者を知った時から5年間(※)権利を行使しなかったとき。または、不法行為の時から20年間権利を行使しなかったとき。いずれの場合も、不法行為に基づく損害賠償請求権は、消滅します。
※5年間は生命や身体を害する不法行為の場合に適用されます。それ以外の不法行為については、3年間となります。
つまり、改正法では、生命や身体を害する不法行為の場合、改正前は「損害及び加害者を知った時から3年間」とされていたものが、「損害及び加害者を知った時から5年間」とされ、時効の期間が伸長されました。また、改正前は、「20年の除斥期間」とされていたものが、20年の時効と変更されました。

医療過誤に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の時効を考えるうえで、難しいところは、「医療過誤が発生した時」が「損害を知った時」とは限らないところです。
また、改正法には経過措置があり、損害を知った時点によっては、2020年4月1日よりも前に発生した医療過誤の場合でも、改正法の時効が適用されるケースもあります。
少し難しいと思いますので、以下の例をご確認ください。

■例①:2016年1月10日に手術を受け、1年後の2017年1月10日に体内にガーゼが残っていることがわかった。

例①の場合、「損害を知った時」は、2017年1月10日です。
このため、旧法が適用され、「損害を知った時」の3年後の2020年1月10日の経過により時効が完成します。
したがって、不法行為に基づく損害賠償請求をするためには、2020年1月10日までに、何らかの手続きを行う必要があります。

■例②:2016年1月10日に手術を受け、2年後の2018年1月10日に体内にガーゼが残っていることがわかった。

例②の場合、「損害を知った時」は、医療過誤の2年後の2018年1月10日で、この日が改正法の施行日の2020年4月1日よりも前なので、一見すると旧法が適用され、「損害を知った時」の3年後の2021年1月10日の経過により時効が完成するようにも思われます。
しかし、生命や身体を害する不法行為の場合、経過措置が取られており、改正法の施行日の2020年4月1日に旧法による時効が完成していなければ、旧法ではなく改正法が適用されます(附則35条2項)。
例②の場合、「損害を知った時」の3年後は2021年1月10日なので、2020年4月1日時点では、旧法による時効は完成していません。したがって、改正法が適用され、不法行為に基づく損害賠償請求権の時効は、「損害を知った時」の2018年1月10日の5年後の2023年1月10日の経過により完成します。

なお、以上は、医療過誤に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の時効です。医療過誤に対しては、「債務不履行に基づく損害賠償請求」をすることもできますが、「債務不履行に基づく損害賠償請求権」の時効は、「不法行為に基づく損害賠償請求権」の時効とは異なります。