東名あおり運転判決について

 平成30年12月14日横浜地裁は、東名高速道路でのあおり運転事件について、危険運転致死傷罪の成立を認める判決(以下、「本件判決」という)を出した。

第1 事案の概要

 被告人は、平成29年6月5日午後9時33分頃、東名高速のパーキングエリアで被害者Aに駐車方法を非難されたことに憤慨し、同人が乗車する被害者B運転の車(以下、「被害車両」という)を停止させようと企て、被害車両の通行を妨害する目的で、自車を被害車両に著しく接近させる等の妨害運転をし、同日午後9時34分頃、高速道路の第3車両通行帯(追い越し車線)上に被害車両を停止することを余儀なくさせた。そして、被告人は、Aの胸ぐらをつかむ等の暴行を加えた   
同日午後9時36分頃、停止していた被害車両の後方から大型トラックが追突し、A及びBを死亡させる等した。

第2 判決要旨

1 直前停止行為について

被告人が被害車両の直前で自車を停止させた行為、すなわち、「時速0㎞で停止することが、一般的・類型的に衝 突により大きな事故が生じる速度又は大きな事故になることを回避することが困難な速度であると認められな い」。したがって、直前停止行為は、危険運転致死傷罪の実行行為には当たらない。

2 妨害運転と被害者が死傷した結果との間の因果関係について

「本件事故は、被告人の4度の妨害運転及びこれと密接に関連した直前停止行為、Aに対する暴行等に誘発されて生じたものといえる。そうすると、Aらの死傷結果は、被告人が被害車両に対し妨害運転に及んだことによって生じた事故発生の危険性が現実化したにすぎず、被告人の妨害運転とAらの死傷結果との間の因果関係が認められる。」として、因果関係を認めた。

第3 評価

本件判決が、被告人の妨害運転行為と被害者らの死傷結果との間の危険運転致死傷罪としての因果関係を認めた点は、以下のとおり、不当である。

1 危険運転致死傷罪の立法の経緯  

  ⑴ 危険運転致死傷罪は、自動車運転による死傷事犯の実情にかんがみ、事案の実態の即した処分及び科刑を行う ため、アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる等、一定の悪質かつ危険な運転行為をして人を死傷させた者を、暴行により人を死傷させた者に準じて処罰する犯罪類型として、平成13年刑法改正により、刑法208条の2として新設された。同年12月25日より施行されている。      
その後、平成25年の法改正により、刑法から移行され、自動車運転死傷行為処罰法(「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」)2条として規定された。    
 ⑵ 危険運転致死傷罪は、危険運転行為により人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する等、厳罰化されたところ、結果的加重犯として規定されている。そして、最高裁の判例は、結果的加重犯の加重結果については過失は不要としているため、同罪の立法段階から、それまでのように過失犯として扱われていた場合に比べて、危険運転致死傷罪によって処理される場合、処罰範囲が広がる可能性が懸念されていた。      
この点について、危険運転致死傷罪の立案担当者は、「自動車の直前への歩行者の飛び出しによる事故など、当該交通事故の発生が運転行為の危険性とは関係ないものについては、因果関係が否定される」と述べている(井上宏外「刑法の一部を改正する法律の解説」[法曹時報54巻4号、以下「井上外論文」という]61頁以下。下線は引用者による[以下同じ]。)。  
⑶ⅰ 上記の「運転行為の危険性」の内容であるが、危険運転致死傷罪の罪質について立案担当者は、「故意に危険な自動車の運転行為を行い、その結果人を死傷させた者を、その行為の実質的危険性に照らし、暴行により人を死傷させた者に準じて処罰しようとするもの」と述べる(井上外論文55頁)。
ⅱ また、今回問題とされた「人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」(自動車運転死傷行為処罰法2条4号、以下「妨害運転行為」という。旧刑法208条の2第2項前段に該当)で、「重大な交通の危険を生じさせる速度で」運転したことを要件としたことについて、立案担当者は、「相手方と衝突しても重大な事故を生じさせるとは一般的に認められないような低速度で運転していたような場合には、重大な死傷事故を発生させる高度の危険性がある運転行為とはいえないので、このような場合を除くため」と説明している(井上外論文65頁以下)。
ⅲ さらに、危険運転致死傷罪のうち、酩酊運転行為については、「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為(自動車運転死傷行為処罰法2条1号。旧刑法208条の2第1項前段)」と「走行させる」としているのに対して、妨害運転行為では、「人又は車の通行を妨害する目的で、・・・自動車を運転する行為」と「運転する」の語を用いている理由にについて、立案担当者は、「『運転し』という用語には、各種装置を操作して運転者のコントロール下において自動車を動かすという語感があるのに対し、『走行させ』という用語にはそのような語感はない。そのため、運転者において『正常な運転が困難』や『制御が困難』な状態にある(旧刑法208条の2)1項においては、『走行させ』という用語を用い、運転者による自動車の進行の制御自体には特段の支障のない(旧刑法208条の2)2項においては、『運転し』という用語を用いることにより、法文の趣旨を明確にした」と述べる(井上外論文66頁、傍点は引用者による)。  
ⅳ 以上のことからすれば、立案担当者が想定した、「妨害運転行為の危険性」は、妨害運転をした車両が他の車両に衝突することにより死傷する、あるいは、妨害運転をしている車両との衝突を回避しようとした車両が他の車両と衝突することにより死傷者が生じるという「危険性」と、考えられる。

2 実行行為の危険性の現実化     

ところで、妨害運転行為によって、危険運転致死傷罪が成立する典型的な事案は、上述のとおり、妨害運転をした車両が他の車両に衝突することにより死傷する、あるいは、妨害運転をしている車両との衝突を回避しようとした車両が他の車両と衝突することにより死傷者が生じるというものである。 本件は、このような典型的な事案ではないことから、妨害運転行為と被害者の死傷の結果との間の因果関係の有無が問題となるが、刑法上の因果関係の有無について最高裁は、「実行行為の危険性が結果へと現実化したか」(危険性の現実化)という基準によって、判断しているとされる。そして、本件判決も、「Aらの死傷結果は、被告人が被害車両に対し妨害運転に及んだことによって生じた事故発生の危険性が現実化した」として、妨害運転行為と被害者の死傷結果との間の因果関係を認めている。   それでは、本件判決は、被告人による妨害運転行為のいかなる「危険性」が、大型トラックが被害車両に追突するという形で現実化したというのであろうか。    
⑴ この点、本件判決は、因果関係についての結論を述べる箇所の直前で、本件事故現場が高速道路の追い越し車線であったことから、「被害車両の後続車は停止車両の確認が遅れがちとなり、その結果、後続車が衝突を回避する措置をとることが遅れて追突する可能性は高く、かつ、一旦そのような事故が発生した場合のAらの生命身体に対する危険性は極めて高かったと認められる。また、本件事故は、被告人車両及び被害車両が停止してから2分後、被告人がAに暴行を加えるなどした後、被告人車両に戻る際に発生したもので、前記の追突可能性が何ら解消していない状況下のものであった。」と判示している。このことから、本件判決は、被告人による妨害運転行為により「後続車が停止中の被害車両等に追突する危険性」が発生し、その危険性が現実化したことにより、被害者の死傷の結果が生じたと判断したものと考えられる。    
⑵ しかしながら、本件判決が現実化したと認定した「後続車が停止中の被害車両等に追突する危険性」は、危険運転致死傷罪の立案担当者が想定した「妨害運転行為の危険性」とは異なるのではないだろうか。

3 暴行事例との比較検討
    
ここで、危険運転致死傷罪の罪質は、「故意に危険な自動車の運転行為を行い、その結果人を死傷させた者を、その行為の実質的危険性に照らし、暴行により人を死傷させた者に準じて処罰しようとするものであり、暴行の結果的加重犯としての傷害罪、傷害致死罪に類似した犯罪類型」とされる(井上外論文55頁)。また、「本罪に掲げられている危険運転行為は、・・・重大な死傷事犯となる危険が類型的に極めて高い運転行為であって、過失犯としてとらえることは相当でなく、故意に危険な運転行為をした結果人を死傷させる犯罪として、暴行による傷害・傷害致死に準じた重い法定刑により処罰すべきものと認められる類型に限定されている。」ともされている(同論文55~56頁)。     
そこで、本件事案と比較検討するための事例として、以下の事例を考える(以下「対照事例」という)。

対照事例

 
 甲が乙に殴りかかったが空振りに終わって、その時は、乙はケガを負わなかった。その後、甲が乙を呼び止め、交通量の多い路上で両者が口論をしていたところに第三者が運転する自動車が走行して来て、乙が轢かれて死亡した。

 ⑴ 本件判決と同じように考えれば、甲が乙を呼び止めた行為は、その前の甲の乙に対する(空振りに終わった)暴行と密接に関連する行為である、また、路上を走行してきた自動車が乙に衝突する可能性が高かった等として、「乙の死亡の結果は、甲が乙に対して(空振りに終わった)暴行をしたことによって生じた事故発生の危険性が現実化した」として、甲の暴行と乙の死亡の結果との間の因果関係を認め、甲に傷害致死罪の成立を認めることとなろう。しかし、それでよいのだろうか。  
⑵ 対照事例では、被害者に対する暴行がなされた後、第三者の過失により被害者が死亡しているが、例えば、傷害の実行行為がなされた後、被害者の治療にあたった医師の過失により被害者が死亡した事案に関する裁判例では、傷害行為と死亡結果との間の因果関係は、概ね認められている(大審院大正12年5月26日判決・刑集2-458、東京高裁昭和56年7月27日判決・判タ454-158等)。
上記の大審院大正12年判決は、以下のように判示する。       

 いやしくも他人に対し加えたる暴行が傷害致死の結果に対する一の原因となれる以上は、たとえ被害者の身体に対する医師の診療上その当を得ざりしことが他の一因を成したりとするも、暴行と傷害致死の結果との間に因果関係の存在を認むることを得べきを以て傷害致死罪の成立要件に欠ける所な(し)

 大審院判決は、「他人に対し加えたる暴行が傷害致死の結果に対する一の原因となれる以上」としている。したがって、本件対照事例のように、暴行が空振りして相手がケガを負わなかった場合は、「暴行が死亡の結果に対する一の原因となった」とはいえないから、過去の裁判例からしても、暴行と死亡の結果との間の因果関係は認めるべきではない。    
 ⑶ 以上のとおり、本件判決の考え方によれば、対照事例では暴行と死亡との間の因果関係を認めることとなるが、そのような結論は妥当ではない。

4 危険運転行為の危険性と過失行為の危険性     

 本件と類似した事案に関する裁判例が、最高裁平成16年10月19日決定・刑集58-7-645である(以下、「最高裁平成16年決定」という。事案の詳細は注1参照)。 最高裁平成16年決定の事案では、被告人が相手方車両の運転手に文句を言うために、高速道路を走行しながら相手方車両に対して妨害運転をした後、相手方車両を停止させた点は、本件事案と同様である。ただ、相手方車両が大型トレーラーで、高速道路第3通行帯に停止していた相手方車両に後続車両(普通乗用自動車)が追突し、死傷したのが追突した車両の運転者等であった点が、本件事案と異なる。    
 ⑴ 最高裁平成16年決定の事案は、危険運転致死傷罪(刑法208条の2)の施行後の事案であるから(同罪の施行日は平成13年12月25日で、同事案の発生日は14年1月12日)、本件判決の考え方を前提とすれば、同事案では、危険運転致死傷罪が成立することが十分考えられる。しかしながら、同事案の被告人は、「高速道路第3通行帯(追い越し車線)上に自車(甲車)と相手方車両(乙車)を停止させた行為」が業務上過失致死傷罪(刑法211条1項前段)で起訴される等したが、危険運転致死傷罪では起訴されていない。    
 ⑵ そして、最高裁は、以下のとおり判示して、被告人(甲)の「高速道路第3通行帯上に自車(甲車)と相手方車両(乙車)を停止させた行為」と被害者(追突した後続車の運転者・同乗者)の死傷の結果との間の因果関係を認めた。       
 「乙に文句を言い謝罪させるため、夜明け前の暗い高速道路の第3通行帯上に自車及び乙車を停止させたという被告人(甲)の本件過失行為は、それ自体において後続車の追突等による人身事故につながる重大な危険性を有していたというべきである。そして、本件事故は、被告人の上記過失行為の後、乙が、自らエンジンキーをズボンのポケットに入れたことを失念し周囲を捜すなどして、甲車が本件現場を走り去ってから7、8分後まで、危険な本件現場に自車を停止させ続けたことなど、少なからぬ他人の行動等が介在して発生したものであるが、それらは被告人の上記過失行為及びこれと密接に関連してされた一連の暴行等に誘発されたものであったといえる。そうすると、被告人の過失行為と被害者らの死傷との間には因果関係があるというべきである」(下線は、引用者による)


 ⑶ 最高裁平成16年決定は、「後続車が乙の車両に追突する危険性」を被告人の「過失行為の危険性」と考えて、被害者らの死傷の結果は、その危険性が現実化したものと判断した。これに対して、本件判決は、被告人による妨害運転行為が「後続車が停止中の被害車両等に追突する危険性」を引き起こし、その危険性が被害者らの死傷の結果として現実化したものと、認定した。      
 しかしながら、本件事案において、「後続車が停止中の被害車両等に追突する危険性」を被告人の「妨害運転行為の危険性」ととらえてよいのだろうか。  
 ⑷ 上述のとおり、立案担当者が想定した「妨害運転行為の危険性」は、妨害運転をした車両が他の車両に衝突することにより死傷する、あるいは、妨害運転をしている車両との衝突を回避しようとした車両が他の車両と衝突することにより死傷者が生じるという危険性である。本件追突事故は、被害車両が停止してから約2分後に発生しているから、本件において被告人による妨害運転行為が引き起こした「後続車が停止中の被害車両等に追突する危険性」は、本件追突事故発生時点では、危険運転致死傷罪において想定された「妨害運転行為の危険性」とは異なるものとなっていた。  
 ⑸ そして、立案担当者が述べるように、「本罪に掲げられている危険運転行為は、・・・重大な死傷事犯となる危険が類型的に極めて高い運転行為であって、過失犯としてとらえることは相当でな(い)」ものに限定すべきである(井上外論文55~56頁)。 本件と類似した事案に関する最高裁平成16年決定では、「後続車が乙の車両に追突する危険性」を被告人の「過失行為の危険性」と考えて、被害者らの死傷の結果は、その危険性が現実化したものと判断した。そうであれば、本件においても、被害者らの死傷結果として現実化した「危険性」は、妨害運転行為の危険性ではなく、過失行為の危険性と考えるべきである。

5 結論     

 以上のとおり、本件判決が被告人の妨害運転行為と被害者らの死傷の結果との間の危険運転致死傷罪としての因果関係を認めた点は、不当である。

                                        以上

注1:最高裁平成16年決定にかかる事案は、以下のとおりである。     
 ⑴ 平成14年1月12日午前6時少し前頃、被告人は、知人女性を助手席に乗せ、普通乗用自動車(以下「甲車」という)を運転して、高速道路(国道常陸自動車道、片側3車線)を走行していた。そうしたところ、同方向に大型トレーラー(以下「乙車」という)を走行させていた乙の運転態度に立腹し、乙車を停止させて乙に文句を言い、謝罪させようと考えた。  
 ⑵ 被告人は、乙車と並走しながら幅寄せをしたり、乙車の前方に進入して速度を落としたりして、乙に停止するよう求めた。被告人が執拗に停止を求めたことから、乙は減速し、午前6時頃、被告人が高速道路第3通行帯に甲車を停止させると、乙も甲車の後方に乙車を停止させた。なお、当時は夜明け前で、現場付近は照明設備がなく暗く、また、かなりの交通量があった。     
 ⑶ 甲は、降車して、乙に暴行を加え、乙もこれに対して反撃する等していたが、その間、第3通行帯を進行してきた別の自動車2台が乙車を避けようとして接触事故を起こして停止し、そのうち甲車は現場から走り去った。     ⑷ 乙は、自車を発車させようとしたものの、エンジンキーを甲に投棄されたと勘違いして、周辺を捜すなどして、甲車が走り去ってから7、8分後まで、現場に乙車を停止させ続けた。そうしたところ、停止中の乙車後部に、第3通行帯を進行してきた普通乗用自動車が衝突し、同車の運転者及び同乗者3名が死亡し、同乗者1名が重傷を負った。